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エロゲ レビュー ブログ
【俺たちに翼はない】
俺たちに翼はない



メーカーNavel
シナリオ■■■■■■■■■ 9
グラフィック■■■■■■■■ 8
キャラクター■■■■■■■■■□ 9.5
音楽■■■■■■■■■□ 9.5
テキスト■■■■■■■■■■ 10
総合【A+】 89点

テキストモンスター

未完の名作と呼ばれた「それは舞い散る桜のように」は、良くも悪くも王雀孫、西又葵の名をエロゲ界に轟かせました。それから数年の時を経て、企画からは実に6年、延期に次ぐ延期で前作同様不安いっぱいな事前展開をみせ「幻の作品」とまで言われた本作、マスターアップされた瞬間のユーザー期待は、それはそれは高かったことでしょう。

【シナリオ】
シナリオは王雀孫さん、非常に色のある文章を書く人です。主人公と周囲のキャラの距離感が絶妙なため、大勢の登場人物がいて、キャラクター性がバラバラ、且つヒロインの顔が同じ(笑)という本作ながらも、そのバランス感や言葉のテンポは見事であると思いました。シナリオ、というよりも「テキスト」が秀逸という印象でしたね。このテキストの巧みさを、シナリオの妙ととるかキャラ造形の妙ととるかはなんとも言えませんが……。

季節は真冬、舞台は都市柳木原。緩やかな学園生活を送る鷹志、喫茶店アレキンダーの常連であるフリーライター鷲介、夜の柳木原で何でも屋を営む隼人、町のどこかに今日も集う若者たちのありふれた恋物語が今描かれます。……と、話自体には明確な目的や進行があるわけではなく、多重人格の主人公まわりに集まった人物たちとの生活群像劇となります。群像劇スタイルの話ってそうそう見ないです。明確な目的が無い分間延びしてしまう恐れが非常に大きく、本当に難しいんですね。

そして、実は王雀孫さんのテキストは、存外に教訓めいた説教系テキストでもあるのですが、それを全く鬱陶しく思わせないほどに文体が巧みです。人格障害を抱える者や、社会の隙間で逞しく生きる者たちが語る台詞は苦々しくも実に真理を突いており、それを各キャラの明るい語り口で見事に覆い隠している様は素晴らしいと思います。

主人公視点であることを逆手に取り、各章の主人公が当初別人であると思わせる構成がまた良かったです。それぞれの主人公まわりの話を展開させ、各章のサブキャラも微妙にリンクさせていくことで、徐々に主人公が多重人格だという結論に迫っていきます。この設定は凄く面白い。ですが、これは一方で設定倒れして破綻をきたす可能性も非常に高い。そこを書ききった本作からは、やはり彼の文章力の高さと、話題の引き出しの多さを垣間見ることができるわけですね。


上記したように、各章にて主人公の人格が変わりますが、僕個人としては、飄々として軽快な鷲介と、硬派でありながらもどこか三枚目的に描かれる隼人の語り口はかなり好みでした。全方位的な会話応酬と周囲のキャラとの絡ませ方が、テンポよく展開されていて読んでいて気持ち良かったのですが、逆に内向的で優しい鷹志や人格的に飛んでいる伽楼羅の語り口などは肌に合わず、かなり頑張って読むことになりました。そこが難といえば難なのですが、すべてが同一人物の言葉なのだと考えると、その煩わしささえも脱帽のテキストですね。

多重人格が確実なものになってからは、後半の物語をどう収束させていくかが見物ですが、共通パート終盤までの選択肢により、各ヒロインとの事情に絡ませつつ残る人格が決定され、ルート分岐、収束させていきます。


学園生活が中心となる鷹志(たかし)ルート。ヒロインは、同級生の渡来明日香山科京。唯一、自身が多重人格であることを知らず、「負け知らず」という役割を負うことで結果として「ネガティブな感情を持てない」彼は、感情の許容を超えると妄想の世界グレタガルドへ旅立ってしまいます。そんな彼と、同様に心の病を大なり小なり抱えていた彼女らが徐々に通い合っていくシナリオです。鷹志編は本作のベースの章ではあるのですが、俺つばチームの先鋒戦としては非常にシナリオの出来もキャラも弱く、位置づけとしては難しい役割だったなぁと思っています。

喫茶アレキサンダーのバイト生活が中心となる鷲介ルート。ヒロインはアレキサンダーの同僚にして新鋭作家の玉泉日和子。共通パートでも群を抜いて勢いのある鷲介パートですが、個別に入ってからのテンポの良さはとどまることを知らずにむしろキレが増しております。シナリオ的にはあまり突っ込んだところにいかないため、ひたすらアレキサンダーと出版社まわりの「陽」な世界観にて、キャラ、音楽を材料に素晴らしい空気を保ちます。特に店長狩男の滑り知らずのギャグを筆頭に、紀奈子さんのノリの良さ、同僚英里子から頻繁に放たれる目から鱗な言葉たち、そしてヒロイン日和子が歩み寄りを見せることによる青天井の愛らしさ。俺つば高評価の原因の大きなところは案外このアレキサンダー組の掛け合いの面白さによる気がしています。

夜の柳木原市を派手に描く隼人ルート。ヒロインは、柳木原の夜の顔であるジャンキー鳳翔の妹、明るく孤独な鳳鳴。共通パートは、アウトローで最も話を揺り動かすパートでしたから、個別でも柳木原市の「陰」をベースに鷲介編とは違った意味で濃い魅力のキャラたちが派手に動きまわります。主人公の多重人格に憧れる鳳翔が意欲的に活動しますので、抗争、ドラッグ、復讐と最も話が激しく展開するルートであり、ゆえに最も見所の多いルートでもあります。さらに、クレープ屋のパル姉さん、AVスカウトのプラチナ、ラーメン屋のメンマ、露店商の黒人マルチネスといった、付かず離れずを保った隼人まわりの大人の仲間たちの存在感が絶妙で、ところどころで語られる彼らと隼人との仲間意識には熱くなるものがあります。

鷹志編、鷲介編、隼人編と、時間が昼から夜に進むとともに、主人公の周囲の人間たちも子どもから大人へと変化していくのですね。本作は人間群像劇ですからキャラの描き込みこそが肝要となりますが、章の経過とともに、キャラの深みが増してくるこの構成の取り方は非常に好感がもてます。


3主人公ルートを見ると、最終ルートの、基本人格である鷹志(ようじ)編に突入します。ヒロインは義妹の羽田小鳩。僕は隼人編までをクリアした時点で、せっかくの多重人格なんだから、各主人公と別パートのキャラ同士を、パートを超えて立体的に絡ませることが出来ればさらに奥行きが出たかなあ、と思っていたのですが、それを包括的に表現していくのが最終章の本ルートでした。5人の人格が統合され、日々を一貫して鷹志一人が動くことで、集大成的な話を形作る展開は非常に良かったと思います。

彼自身が多重人格になるきっかけとなった伏線も余すことなく説明され、アリスを筆頭に各章のサブキャラたちにも読後感の良いエピソードが用意され、ヒロイン小鳩もかなり愛らしく且つ意志の強い魅力的なヒロイン像として描き切り、まさに大団円ともいうべきTRUEルートでありました。

このルート、凄いのが鷹志の言葉や独白。彼独自のものに加え、他4人の語り口がところどころに潜まされているところにテキストの丁寧さを読み取ることができ、巧いなあと思いましたね。


「俺たちに翼はない」、このタイトルはとてもいいですね。まさに俺たちに翼なんてものはないんです。どのルートでも各々現実を受け入れ、前向きに生きる決意をするストーリー収束は胸に残るものがありました。


【グラフィック】
「判子絵」と揶揄される西又葵さんの絵ですが、確かにまごうことなき判子絵であり、見分けをつけづらいのは確か。鳴と小鳩なんておんなじじゃないですか笑。ですが、ひとつひとつの絵自体はとても魅力的で、可愛らしいのもやはり確かです。服装のセンスはぶっ飛んでいますが笑。

全編アニメーションで制作されたOPムービーはクオリティ高くて見ごたえあります。曲もいいですからね。サビ部分で、LR、チケドン、バニィDが出てくる絵面を見て一体どんなゲームなんだと思ったものです笑。あと、OP内で最も印象に残るカットは紀奈子、英里子、狩男の横ピースのシーンだと思うのですが、この子達ヒロインちゃうんかい、とも思いましたね笑。

また、最終章導入時にもうひとつOPムービーがあったのには上がりました。


【キャラクター】
まず、主人公の多重人格を綺麗に描き分けたという点が評価です。好きな人格もあれば、肌に合わないものもある、恐らくユーザーは皆そう感じていると思いますが、それはキャラクター造形がよく出来ていたことに他なりません。上記したように、ゲームの主人公的な描かれ方をする隼人や鷲介は非常に好感度が高い反面、伽楼羅といったぶっ飛びキャラに感情移入するという人はほとんどいないと思います笑。ただ、伽楼羅の言葉や発想はすさまじいものがありましたけどね。翔が憧れるのもよくわかる。

圧倒的にキャラ作りがうまかったのは、鷲介パートの面々。キャラとテキストだけで凄まじい完成度を誇るほどの名キャラたちのオンパレード。普段エロゲやりながらひとり笑うことなんてまず無いんですが、狩男や鷲介には何度かリアルで吹かされましたし、女性陣は全員攻略キャラでもいいくらいです。

そしてこれも上記しましたが、隼人パートの仲間たち。パル、メンマ、プラチナ、マルチネス、アリス……夜の柳木原で生きる大人たちの悲哀と優しさにはだいぶ心が動きました。基本爽やかな流ればかり用意される女性陣の中でも唯一「失恋」という役どころを負わされる香田亜衣の切なさも良かったですね。


【音楽】
音楽は全体的にかなりレベルが高いです。ドラムやベースといったビート系、ギターカッティングにアナログさを追求しているのは好感度高いですね。「世界が平和でありますように」といった穏やかな曲から、鷲介編で流れる「きんきんクールビューティー」「やばいよやばいよ」といったアップテンポでスウィングする曲まで、どれも音使い、メロディの流れいずれもセンスが良く、さらにこの手のゲームではあまり無い「Julie&Anna&時男」「ヘテロクロミア」のようなベタベタなトランス、ドラムンベース調の曲なんかも揃っています。

挿入歌含めて歌付曲も豊富にありますが、特にOP曲「Juwelry tears」ですね。リフレインするピアノとスピード感ある小気味良いドラムが特徴的な名曲だと思います。


以上俺つばでした。いやはや、世界が平和でありますように――。


テーマ:美少女ゲーム - ジャンル:ゲーム